Respect

オモシロキコトモナキヨヲオモシロク

Posted on 2012-08-03

おもしろきこともなき世をおもしろく

ご存じの方も多いでしょうが、これは高杉晋作の辞世の句と言われている言葉です。

僕は、幕末の志士の中で一番好きな人は誰かと問われれれば、坂本龍馬も好きだけれど、高杉晋作がとても好きです。

世界的な視野をもちながらも、自分の故郷の可能性も開拓し追求した彼の生きざまは、とても美しいと思うのです。

そして、それができたのは、彼が既成概念に囚われない柔軟性を持っていたからでしょう。

彼の凄まじい人生と、その師である吉田松陰の素晴らしさを垣間見てみたいなら、司馬遼太郎の「世に棲む日日」がオススメです。

これを読んだ直後の熱くなった人と人生について語り合いたいですね(笑)

 


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尾崎豊の遺書

Posted on 2011-11-09

yutaka_ozaki

今から約20年前の1992年に亡くなった尾崎豊が残していた2通の遺書が、明日(2011年10月10日)発売の月刊文芸春秋に全文掲載されるらしい。尾崎豊の死については、没後2年の94年に他殺説が浮上して、自殺説と真っ向から衝突し、裁判にまで発展するなど社会的に大きな関心事となった。

執筆したジャーナリストの加賀孝英氏は94年当時に入手していた「遺書」と、尾崎豊と繁美夫人との間のやり取りを没後20年を前に明かしたとのこと。

尾崎豊の存在は、僕たち第2次ベビーブーム世代にとっては、とても大きな存在だ。始めて彼の曲を聴いたのは、中学1年生の時だった。当時片思いだった女の子に「オザキユタカっていいよ」と勧められ、彼女との会話のきっかけが欲しくて、レコードレンタル屋さんに足を運び聞いたのが始まり。

僕はすぐに彼の素晴らしい曲が気に入り、ダイビングしたテープを毎日のように聴いていたことを懐かしく思っている。

その後、僕は不良少年の道を歩み、尾崎の「15の夜」という曲の詩をそのまま描いたような学生生活を送った(笑)

当時は第2次バンドブームと言われた時代で、原宿の歩天でライブをするアマチュアバンドがとても注目されていた。「インディーズ」という単語がメジャーなものとなっていったのも、この頃からだったと思う。

また、BOOWYやブルーハーツなど今でも慕われている数々のビックバンド達が世に出始めたのもこの頃で、オリコンチャートはアイドルや歌謡曲からロックバンドなどの比率が増えていった。

もともと音楽好きだった僕は、なんとか貯めたお小遣いで超安物のエレキギターを買い、悪友たちと好きなバンドのコピーなどをして楽しんでいた。

その後、洋楽にのめり込んでいった僕は、尾崎豊の歌を聴くことは少なくなっていったものの、それでも彼はいつも僕の心の中にいたことは間違いない。

実際、高校を卒業してからも彼のファンは、僕のまわりには沢山いてカラオケとなれば尾崎の曲を絶叫している奴らがたくさんいた。

そんな彼の訃報を聞いたのは1992年の4月26日。僕の20歳の誕生日の日のこと。

彼が昨夜未明にこの世を去ったことをテレビの報道で知った。

偶然とはいえ彼の命日は僕の10代最後の日。大好きだった尾崎豊が、不良少年の日々を過ごした僕の10代最後の日に無くなったことになる。

当時の僕は親の反対を押し切り、プロのバンドマンや小説家を目指しては挫折しながらフリーターのような生活を送っていた。

僕にとってはとても辛い時期だったけど、今ふり返ると、ガムシャラにもがいていたあの頃の自分を愛おしく思う。

彼の死については、前述したように他殺説も自殺説もあり、はっきりしないまま約20年の歳月が流れていた。

その遺書の内容がどんなものであれ、今なお多くの人々に支持され愛されている彼の曲の輝きは、僕の中でも永遠に消えることはない。

こんな記事を書いていたら久しぶりにカラオケで尾崎の曲を歌いたくなった(^ ^)

今夜は彼の素晴らしい曲を歌いながら、彼の冥福を祈りたいと思う。

追記:2013/6/17
この記事を書いた約半年後に、こんな本が販売されていたのでamazonで購入して読んでみました。彼の50冊以上にのぼる創作ノートを活字に起こしたものです。彼のファンにとっては胸が苦しくなる内容もたくさんあったけど、また違う視点から彼を好きになりました。

NOTES: 僕を知らない僕 1981-1992

 


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