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崩れゆく故郷の生態系

Posted on 2011-11-28

akatonbo

私は岩手県の小さな田舎町で生まれ育った。小学校中学年くらいまではファミコンなど無く、遊ぶといえば屋外で遊ぶのが常識だった。

テレビゲームが浸透してきてからも、遊ぶのはいつだって屋外がメインだったし、大自然と戯れ、生物とふれあうのが大好きだった。

その頃は夏に泳ぐといえば学校のプールや市営プールにいくのが常識だったけれど、私はいつも仲の良い悪友と母の実家のそばを流れる川で遊んでいた。

その川には沢山の魚がいて網やヤスや時には手づかみで魚をつかまえて遊んだ。そして、その魚を河原で焼いて食べたりするような子供だった。

田んぼの水路には、ザリガニやナマズ・ドジョウ・カエル・オタマジャクシ・タニシ・ヤゴなどの生物がいて、ザリガニの巣に手先をつっこみハサミで怪我をしないように指先で格闘しながらザリガニ取るのは最高に楽しかった。

夏は山にいけば、トンボや蝉が溢れるように飛び交っていて、オニヤンマやギンヤンマを捕まえるのに夢中になった。

母の実家に泊まりに行ったときには、田んぼの水路のまわりを無数に飛び交うホタルを捕まえ、大好きだった曾おばあちゃんと一緒にホタルの明かりを見つめながら眠りについた。

そして何よりも僕らの夏のヒーローだったのはクワガタやカブトムシ。もちろん当時はホームセンターやペットショップなんかで売ってはいなかったし、自分で獲りにでかけた。

秋にはイナゴを大量に捕まえて、近所の商店に売ってお小遣い稼ぎをした。カマキリと格闘して指を切ったりしても楽しくてしかたがなかった。

冬は毎日のように近所の山でスキーをした。スキー場なんて近所になかったから、ガキどもが集まって山の斜面を使っての天然スキー場を作った。プラスチック製のミニスキーで滑り降りては歩いて上り、また滑るということを何10回やっても疲れなかったし、大きなジャンプ台を作っては全身打撲になるまでジャンプを競い合った。時には家の裏にかまくらを作った。苦労して雪を積み上げて作り上げたかまくらの穴に座っているだけで幸せだった。

昭和50年代の田舎は、そうやって遊ぶのがあたり前だった最終世代なのかもしれない。やがて多くの同級生の男の子たちはテレビゲームに霧中になり、外で遊ぶことが減っていったし、私もゲームをすることもあったけど、青空の下で遊んでいる方が好きだった。

そして現在。

私は東京という大都会と岩手の2住生活をしている。岩手にいる時は、週末に釣りやキャンプなどをして遊ぶのがライフワークになっている。かたちは変わったけれども、自然と戯れて遊ぶことが好きなのは今でも変わっていない。

しかし、取り巻く自然環境・生態系には大きな変化が起きている。

私が遊んでいた川からはオイカワやメダカは完全に姿を消し、今ではブラックバスが泳いでいる。危険だからと言って子供たちは好奇心があっても保護者なしでは川には近づけない。

田んぼの水路はコンクリート化され、イナゴやカマキリやトンボ・その他あらゆる生物の数が減り、空を埋めるように飛んでいた蛍もめったに見かけることがない。

田んぼをとりまく水路は、この国の地方において豊かな生態系を育む大切な一翼を長い間担ってきた。かつては田んぼに水をひくために村と村で争いがあったそうだが、今では整備されて水の量に困ることはほとんど無い。

人間が文明生活を始める以前から何億年も存在してきた自然環境と、日本の田園は共存してきたはずなのに、コンクリート化によってその生態系のバランスが崩れ、生物が激減していることがとても残念でならない。

またこの国の森林は、かつては広葉樹が主体だったのに、木は伐採され森は壊され、代わりに建築資材になる針葉樹の杉が植えられました。やがて外国製の安い建築資材の輸入が拡大し、採算があわなくなったために放置されたままの杉がこの国の山や森には溢れかえっています。その結果、杉花粉の数が年々増加し、今では日本人の生活に大きな悪影響を及ぼしています。

杉の木の根は、土をしっかりと握りしめることができないので、雨が降ると山の土は土砂となって川に流れ込み、その土砂を砂防堰堤によって塞ぎ、それが埋まるとまた次の砂防堰堤をつくるという終わりのない悪循環を繰り返しています。山と海は繋がっています。山の荒廃はやがて海にも伝わり、生態系はますます破壊されていきます。

さらには地球温暖化によって年々気温が上昇し、たった40年弱の私の人生だけでも、積雪量が激減しているという現実は、はたしてこの先どうなっていくのでしょうか。温暖化に関してはもはやこの一国の問題ではなく、世界的な全地球的な問題です。

私は、学者でありませんが、ちょっと目を凝らして見ただけでも、この世界の自然環境は絶望的な状況に向かっているようです。100年後、200年後そして22世紀の子供たちに、私たちが破壊しつくした自然を残すことはとても悔やまれます。

自分たちが住みやすいまちをつくることも大切ですが、もともと自然環境や生態系をこれ以上破壊してまで、自分たちの便利さや欲望を追求していくことには限界があるということに、そろそろ気がつき動きださなければならない時期にさしかかっています。

地球資源との共存共栄に向かう流れは、一部の先進国ではすでに大きなムーブメントになってきています。これはとても喜ばしいことです。しかしながら、我が国はこれだけの自然に恵まれながらも、その大切さをしっかりと教える教育体制はなく、政府も環境保護に本腰をいれているとは言えません。

東日本大震災によって、自然の絶大なる力の前では、私たちは無力であるということを身をもって知らされました。世界で唯一の原子爆弾の被爆国であるこの国が、また原子力の力によって苦しめられています。

それでも、私はこの国に希望を持ちたい。最近、東京で暮らす若者たちの生態系が変わってきました。かつては世界最先端の科学文明と刹那的な欲望の充足を謳歌していた彼らが、週末には山へ行って自然にふれあったり、郊外に共同で畑を借り有機栽培するような人たちが増えています。自分のマンションの小さなベランダには植物や野菜を植え、食べるものに関しても、うまいとか値段が安いという基準だけで外国産を選ぶのではなく、どこでどのように生産されたのか、安全性はどうなのかという基準を重視するように変化してきています。

年間3万人以上の自殺者がいて、年々鬱病が増えているこの国の中枢にある東京という街。コンクリートと最先端のトレンドに囲まれて暮らしてきた彼らだからこそ、本当に大切なものに気がつき、変わりはじめたのかもしれません。

私は地方での生活に片足をつっこんでいる人間として、都心と地方の格差はこんなところにもあるのかと実感している。決して、地方の人間をバカにするつもりはないし、私は田舎も大好きです。

今の時代、インターネットによって情報はほぼ均一に与えられています。それをキャッチしに行くのは本人次第。情報格差による都会と地方の認識の差はほぼ無くなりつつあります。

「やらないのではなく、知らない」その根底にあるのはやはり教育。

子供たちへの教育だけではなく、その子供を教育する親に対する「大人が自分を磨く教育」が自分を含め必要なのだと思っています。


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